今月末をもって、7年間通い続けた岡山県西粟倉村というかエーゼロ社に関わる仕事から離れることにしました。いろいろ言いたいことは山ほどあるけれど、ものをつくる上での手が動かなくなり、心も動かなくなり、潮時を強く感じる次第である。

話は西粟倉村からは多少ずれるが、何事も大きくなればなるほど、物事の本質を見失い、大義が薄くなり、そもそも、地方創生などという言葉が出てバラマキが始まった頃からその傾向は始まっていたように思う。10年前の『環境ムーブメント』も同様にして終わっていった。
いまや、どこの道の駅に行っても綺麗に整えられたパッケージ商品が並び、よく言えば安心感、悪く言えば画一的な、『地域デザイン』などと呼ばれる(DiscoverJapanやソトコトやcolocalあたりが飯のタネにしていそうな)ものが立ち並び、逆になにを買っていいのか解らないような寡占状態だが、いったい田舎のなにが変わったんだろうか?ほんとにいいものつくれてるんだろうか?ただのパフォーマンスなんだろうか。

今、関わり合いのあるその他地域プロジェクトは、少なくともなにかしら自分自身のいまの生活に関わり合いがあり、大なり小なり意義を見いだせているので、続けているけれど、地方創生などというかけ声だけで予算をとってきただけ、というような乱暴な話には関わり合いたくもない。

二年ほど前から、常々懐疑的に思っているのが田舎への『移住』というかけ声なのだが、人口動態を見ても益々都市への人口集中が加速しており、あちこち行ってはみたものの、結局東京という場所で生活している。最近の僕の思考性としては、田舎のフロンティアを開拓するより、コンクリートジャングルに居ながら畑なり緑なりを用いて住み良くしていくことだったり、都市住民と地方生産者との新たな関わり合いや購買行動だったり、都市日帰り圏の開拓だったりする。多少は生産もするひとりの『東京地方』の都市住民として、あるべき形を探っていきたいと思う。なによりそこが自分自身の故郷でもあるのは間違いないので。