6月に入って突如英国行きの話が持ち上がった。詳細はおいおい説明していくとして日本を出て海外に行くこと自体10年ぶりで、前回10年前にも英国に行ったときに取得したパスポートが9月4日までなので丁度更新ギリギリという状況。なにかさまざまな因縁を感じるのもあって急な海外視察に同行した。

6月25日午前8時50分羽田空港発、ブリティッシュエアウェイズ8便、ロンドン・ヒースロー空港行き。羽田を飛び立って2時間ほどした頃、眼下にロシアのハブロフスク市内とアムール川が見えてきた。丁度出てきたランチそっちのけで目の前に広がる光景に食い入る。夏至を過ぎた今頃、シベリアの凍土は溶けて美しい深い緑色と紫色の川面が見える。アムール川はアジア名『黒龍江』という名の通り、上空から見ると赤みがかった薄黒い龍のようにも見える。そんな絵画のようなシベリアの大地を眺めながら、10年間、あぁなんて狭いところに居たんだろうかとため息をつく。ハブロフスクを過ぎてシベリアの奥地へ入っていくと、大地は一斉に水蒸気を発しなにも見えなくなった。ちらちらと雪の残りが見えているので、いままさに雪解けを迎えているところなのかもしれない。

ロンドンまでの11時間30分をどう過ごしたものか。ここはひたすらの読書タイムに当てようと思って、行く先の予習として司馬遼太郎の『愛蘭土紀行』をkindleにダウンロードしておいた。アイルランドに行くわけではないが、そもそも千五百年も遡れば、あの島はアイルランド人=ケルト民族の島なのだ。ここは日本人らしく、司馬遼太郎先生に解説していただくことにする。

『愛蘭土紀行』によると、ケルト民族はみな幻視家(ヴィジョナリー)であり、みな妖精が見えるのだという。英国本土とは違って、二千年前、ユリウス・カエサル率いるローマ軍に統治されることもなかったから、(ガリア大陸・フランスのあたり、から海を渡ってスコットランド、アイルランドに押し込められたともいう)太古の文明の破片が残っていてもおかしくはないと思っていたが、明治時代の日本にやってきた英国人・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が松江で妖怪に目覚めたのも、彼はそもそもアイルランド人だからなのではないかという。

アイルランドには土着の宗教『ドルイド教』があり、西暦435年頃にやってきた一風変わった経歴をもつキリスト教の宣教師『聖パトリック』が、ドルイド教の神々を大きく認めた結果、アイルランドの人々のキリスト教の受容を容易にした。一神教は通常、土着の神々を否定して悪魔に仕立ててしまったりしたが、アイルランドはカトリック世界でただ一カ所、子人や妖精が生き残ることができた、ということである。


このままグレートブリテン島、およびアイルランド島の精霊の話になると思いきや、司馬先生の話はどんどんとアイルランド文学の話に突入、そしてどんどんと脱線、まぁだいたい英国とアイルランドの支配構造の比較論から欧州史をおさらいできた気がする。前編一冊を読み終えたところで眼下にスカンジナビア半島が見えてきた。見えてるのはノルウェーの首都オスロ周辺の海岸線、向かい側にはかすかにデンマークが見える。あぁ、ここらで下りて北欧の船旅がしたい思いつつ英国まであとちょっと。

それにしてもずっと昼である。羽田を飛び立ったのが日本時間8時50分。それから11時間30分が経過しても、英国時間でまだ13時20分。英国の日暮れは22時頃なので、ここからまだ半日近く太陽に照らされる。北極圏における夏至の太陽たるや凄まじい。