熊本県阿蘇地方、前回に引き続いて第二回目調査で解ったこと。

神話ってまったくよくわからない。神武天皇ってほんとに実在したんだっけ?その頃は大王って呼ばれてたんじゃないの?イザナギとイザナミから始まって日本列島が出来上がって、みたいな話を聞いているとファンタジーにしか思えなくて眠くなってくるのだが、実在が怪しい話は大部分作り話であるらしい。では、いつ創作されたのか?というと、平安時代の天皇制の成立あたりかと思い込んでいたら、明治政府の国家神道の成立時であるというのは盲点だった。すごい過去の話のようで、割と近代に創作されたのか。

「ちゃんとした神話と、どうでもいい神話の二系統がある」

ということを地元阿蘇の元中学校の校長先生より教わる。(最近このパターンが多い)

「特に後者に惑わされる傾向があるんです。本来、大事なことは口伝で継承されて、人の頭の中でイメージされながら連綿と伝わっていくのに対して、明文化されて残されていると後世の事情でこじつけられることが多い」

なるほど・・・。それで、その最も極端な例として、中央集権国家をつくって天皇を君主に祭り上げて徴兵制をつくって中国とロシアとアメリカと戦うことに大いに利用された、と。その為の大義名分に国家神道という宗教を生み出したことは知っていたけど、あのよく解らなくて眠くなる神話の話は、このとき創作された物語が多い、だからなんでもかんでも天皇家の万世一系の話に繋がるようになっていて、どこかファンタジーだったのだなと。しかし何故、GHQは戦後政策の中で、国家神道と教育勅語は廃止したのに、神話のあたりのことは放置してしまったんだろう?

「阿蘇の中でも勝手な物の見方が観光的にまかり通っているような話もあって」

こじつけは明治政府に限った話でもないらしく、大小そこかしこに存在しているようである。ちなみにこの方、どちらかというと地質学の先生で、地質の話と神話の話を同時に聞いていると浮かび上がってくるものある。両方掛け合わせるとファンタジーが科学的説明に変化する。これまでどこか忌避していた日本の古代神話の見方が変わった瞬間。これで出雲も熊野も怖くない気がする。(神話云々が面倒で、まだ行ったことがない)

「そもそもそこに人が住んでいたかどうかもわからないところにある神話は怪しい」

なるほど、そういう側面は地質学の側面から見ているらしい。


そもそもなんでこんな話になったのかというと、冒頭のカシノキが生えている根元にある古代のお墓。阿蘇市の国造神社脇にある上御倉古墳(かみおくらこふん)があまりに良いオーラを放っていたからだった。古墳上に生えている樫の木の立派な苔と、丁度最盛期を迎えている椿の大木のラピュタ感よ!(神事の善し悪しはジブリに例えるに限る)この墓所の主である速瓶玉命(ハヤミカタマノミコト)が、崇神天皇より阿蘇国造(あそくにのみやつこ=阿蘇国領主)に任ぜられているというが、その彼の墓である古墳の年代測定によると、5世紀につくられたものだという。真っ当に調べると崇神天皇の在位が紀元前97年〜紀元前30年なので、この約600年のギャップをどう読み解くのかというと、上記の通り近世の創作が疑われる、というわけである。

神話を読み解く上での基本的なリテラシーなのかもしれない。

ハヤミカタマノミコトは紀元前の天皇家のご関係なのか、5世紀の阿蘇の豪族なのかは定かではないけども、ここになんかあるぞ!ということはカシノキとツバキが導いてくれている。


上御倉古墳は24時間出入り自由。大抵はガラス越しに見学できたりしても、中に入れるところは珍しいらしい。頭をぶつけそうになりながら、出てくる瞬間はメイちゃんの気分。

上御倉・下御倉古墳
http://www.aso-dm.net/?上御倉・下御倉古墳