地球大学アドバンス 第26回「地球の担保『種子』を守る」
speaker:竹村真一氏 × 野口勲氏(野口種苗研究所 代表)
date & place:2010.01.25
新丸ビル エコッツェリアにて

昨日の地球大学の講師「野口勲」さん、そうとう面白い。面白すぎる。種屋さんなのに、若い頃に手塚治虫に憧れて虫プロの出版部に勤めていたり、家業の看板に火の鳥をつかってたりってだけでもものすごいなと思っていたら。野口さん、なんとクラシックMacintosh信者だった。野口種苗のサイトもご自身の手によってとても作り込まれている。

タネ屋の業界紙『日本種苗新聞』の2010年1月11日号に、野口勲氏の「年頭の辞」がある。
http://noguchiseed.com/shubyoushinbun20100111.gif

つまり、現在の工業化された農業では、1929年に発見されたカリフォルニア赤玉葱の雄性不稔個体(つまり無精子の玉葱)をベースに開発された、流通と消費に都合の良い品種の種を使っていることで一見、経済的な整合性がとれているように見えるけども。それを続けてきた結果、玉葱の中にある無精子であるミトコンドリア異常が蓄積されていって、2007年になって遂に、その玉葱を受粉させているミツバチの雄蜂の無精子症によって、女王蜂が卵を産めなくなり、巣を見限って大量逃亡し始めたのではないかと。

ということまでは、野口氏個人の「仮説」ではある。が、問題はその先で、去年放送されたNHKスペシャル「女と男」内で、ここ数年で急激に先進国における成人男子の精子の数が減少しているというくだりについて、原因は環境ホルモンではないかという程度で放送されていたことについて野口氏が言うには、当然そんな技術をつかってつくった食べ物を食べ続けてきたのだから、ミツバチに起こっていることが人間に起こっていてもおかしくない。ということを言っているわけで。

※ 当記事は筆者が現場で速記した記録であり、聞き間違え等も含めて事実と異なっている場合があります


竹村
野菜など食べ物をつくる「種子」のリスクマネジメント。生物多様性というのは、地球の安全保障の担保だと思うんですね。地域の固有種が残ってるということが、安全保障の担保になっているわけですね。あるいはO157が流行した場所は、衛生や抗菌が行き届きすぎている。結局いろんな存在が、多様性が担保されているということが安全保障なんですね。「いいかげん」(良い加減)の共生状態っていうのは生命のバランスの根源であり、安全保障の鍵になっている。それを無視すると経済コストとして大変なしっぺ返しをくう。エコノミーの意味でもっても。ほとんどの農家はF1種に依存してしまって、多様性が失われてしまっている。大規模農業では種取をしていくということが成り立たないということを、ひょっとしたらベランダ菜園で守っていくことができるかもしれない。そういう意味で都市農業の可能性というのも出てくるかもしれないですし、地球の農業をどうデザインしていくか。種の多様性という問題は避けて通れないと思うんですね。

野口
手塚治虫の大ファンでありまして、高校時代にSFにはまって、現実逃避をしておりました。大学時代は文学部に行きまして、朝日新聞の新聞広告で虫プロダクションの出版部が人材募集をしておりまして、応募してみたら受かったんで入ってしまいました。虫プロが潰れてからは、いろいろと出版社に行ったのですが、お菓子を編集するような仕事しかさせてもらえないので、家業のタネ屋を継ぎました。

家業を継いでからも、漫画の世界と接点をもっておきたいと思って、アトムの銅像をつくったりしました。どさくさに紛れてうちの看板は火の鳥になっております。笑。


人類最古の栽培植物はひょうたんであるという説があります。採れたものから種をとってまく、ということが始まった。土器はひょうたんを真似たものであると。ひょうたんによって人間は水を持って長距離航海ができるようになり、大陸を渡ることができるようになった。ということを東京農大の湯浅先生が言っておられます。そして移動した先でひょうたんをつくって、また移動していくということができたと。

メンデルの法則でいう有性と劣勢という呼び名がそもそもおかしいのではないかと思っております。アフリカ大陸を出たときに人間は全部黒人だった。メラニン色素はビタミンDを必要としているんですね。ところが人間がどんどん北に北に移動するとビタミンDを必要としなくなる。なのでメラニンが薄くなってくる。父親と母親のいいところが出てくるから、F1(交配種(F1)野菜とは何だ?)はいいんだ、って言われますけれどそれは違うんです!

揃いの良さ(規格適合)がF1の強み。生育が早いということはきめが荒いんです。それからすごく水っぽいですね。いまのおかあさんは、F1の大根を梨みたいに水っぽくておいしいっていうんですけれど、それはおかしい。固定種の種をつかって三浦半島にほんものの三浦大根を復活させてみようという試みがありました。愛知の方領大根ていうのが、江戸時代に練馬大根になって、それがいま三浦半島で三浦大根になっている。徳川綱吉の時代に練馬に持ってこられて、形がだいぶ長いものになりました。長くて1メートルくらいになるんですが。昔の方領大根みたいな形のものもできまして。多様性があるんですね。だけれど、いまは一本定価で売れなければいけないんで、残念ながら三浦大根を三浦半島に復活させる夢はなくなってしまいました。

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大根はもともと中国から渡ってきて、その土地の気候と土にあわせて広がってきたのですが、ざっと200種類あります。が、現在はほとんどがF1の青首大根しかなくなってしまいました。

どうしてF1が広がったか。戦争が終わって、爆弾が大量に余ったんですね。それを化学肥料にしてくばったらいいじゃないかってんで、化学肥料が大量にまかれるようになりました。爆弾と化学肥料の原料ってのは窒素なんですが、窒素ばっかりまくと光合成ばっかりしてはっぱばっかりつくっちゃうんですね。それでどんどん背が伸びちゃってこめでもむぎでもそれが倒れちゃうんです。それでどんどん品種改良が進んでいって、とにかく肥料をやればやるほど収量が上がっていく。これを緑の革命って言うんですがね。笑。そういう品種改良に転換されていくんです。それから毒ガスですね。これは農薬に結実していきます。とにかくこういう技術が重なって、現在のいつでも好きなものが食べれる素晴らしい食料事情に繋がっているんです。

現在、なぜ一代雑種の時代になったかというと、戦争で食べ物がなくなったことが原因です。第二次世界大戦後、都市はまったくの焼け野原でした。大勢の兵が復員してきたりして、食料は絶対的に不足していました。アメリカの進駐軍が、この状況を改善するよう要求してきました。増産に必要な化学肥料は、大正時代から存在しています。電気で水を分解して空中の窒素を固定するという方法で化学肥料を製造してきました。ところが戦後、電力不足で窒素肥料ができなくなりました。窒素肥料は爆弾原料でもあります。戦後、爆弾の必要性がなくなり、アメリカの軍需産業の爆弾原料が余ってしまい、食糧不足を窒素肥料の利用で解消しようとしました。

http://noguchiseed.com/hanashi/kouen3.html

固定種のいいところってのは、まずは味がいいところ。それから自家採種できるってことです。つまり自分の畑に合ったものがどんどんつくっていけるってことです。

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スイカは元々縞がなかった。旭大和(あさひやまと)っていう品種なんですけど、甘くて美味しいんですね。ところがこれは皮が柔らかくて輸送に耐えないんです。みんな高値で取引されるからって東京市場で売りたいですから、輸送に耐えるものをつくろうとするんですね。それで皮を堅い品種をつくっていったら、日本中スイカが縞のあるものだらけになっちゃった。縞王(しまおう)なんて品種は縞が綺麗ですよ!なんて言って売ってるんだけれど。笑。

菜っ葉ってのは欧米では食べない。ヨーロッパの世界観では鳥がメインディッシュになるんですね。その次に果物が成っていて、それで地面を這いつくばっている獣類がくる。最後に地面に植わっている草花。にんじんやジャガイモって地面に埋まっているものは悪魔ですよ。それで上流階級はぜんぜん食べてこなかったからぜんぜん進化しなかった。カブもロシア民話でご存じかもしれませんが、あれは家畜か奴隷だけがボルシチにして食べるものだった。

1929年にカリフォルニアの農業試験場で赤タマネギの中に、花粉が出ない異常な花を持つ個体が見つかったのです。この赤タマネギの雄性不稔個体(ゆうせいふねんこたい)が、1944年にF1たまねぎの元祖として出荷されました。都合の良く売れる個体に変えていくことで、植物の本質をねじ曲げていく。こんなことはまだ序の口なんです。恐ろしいでしょ?

タマネギなどユリ科の作物は球根や子球による栄養繁殖でも育ちますから、そうした方法でこの異常個体を増やしながら、品種改良に生かす方法を試行錯誤し続けました。その結果わかったのは、花粉を持たない雄性不稔株は、他の健康な株の花粉でタネが実るが、実ったタネは全て母親譲りの雄性不稔になるということでした。これは大発見でした。

赤タマネギはタマネギの中ではマイナーな作物ですから、まずメジャーな黄色のタマネギにしなければなりません。そのために黄タマネギの花粉をかけると、受精した胚は減数分裂して赤50%対黄50%の合いの子になります。この子は母親譲りの雄性不稔ですから花粉を持ちません。そこでまた健康な黄タマネギの花粉をかけます。すると赤25%対黄75%の雄性不稔個体ができます。これを5、6回くり返して、ついに雄性不稔の黄タマネギを誕生させたのです。(他品種から必要な性質を取り込むこの方法を、バッククロスまたは戻し交配といいます)

こうしてできた黄タマネギは花粉を持ちませんから、ヘテロシスを発現できるほど遺伝的に遠い系統の健康な黄タマネギを花粉親としてそばに植えておけば、除雄も自家不和合性も必要とせず、効率的にF1タマネギのタネが採種できるというわけです。こうしてできた最初のF1タマネギのタネが販売されたのは、第二次大戦もたけなわの1944年のことでした。

http://noguchiseed.com/hanashi/hitotsubunotane.html

植物も動物も雄性不稔の原因は同じ。男性不妊の原因はミトコンドリアが変異することが原因であると、2006年9月28日にわかった。アメリカで1960年頃にゴマはがれ病によってトウモロコシが大凶作になっちゃったのは、元がひとつの個体から始まっていることが原因なんです。タネってのは、一粒万倍っていうでしょ。だいたい翌年には一万粒になるんですよ。それをまた翌年まくと一億、その翌年には一兆、またその翌年には一京ってなってくんですよ。ひとつの型だけが増やされて、みんなそれを食べる時代になっていると。

自分の子孫をつくることが生命の本質なんですよ。それが雄性不稔だとできない。

ミツバチがなぜいなくなったか。2007年頃話題になったんですが、なんで集団生活の見本のようなミツバチがいなくなっちゃうんだろうか、っていう話なんですが。ミツバチの受粉に頼っている植物が100種類。リンゴ、アーモンド。それだけならわかるんですが、タマネギ、ニンジン。雄性不稔野菜の受粉にもミツバチをつかっているわけですね。


竹村
あたりまえに食べているもののリスクは大変なものだなと思っていたのですが、ただ単に多様性が減っているという以上のリスクが我々の文明の根底に存在していると。皮肉なのはF1というものは、掛け合わせによって収量の多いものをつくろうとした。それを大量に工業的につくろうとすると、無精子症といいますか、生物として不健康なものを残してきた。我々の工業化された生産プロセスにそもそもの矛盾が存在する。経済性を度外視して自分たちがおいしいものをつくれる家庭菜園、都市農業の役割として期待しています。自分で最低限の食料をつくれるという環境を身の回りにつくっておかなければ。工業化した論理としてはF1種みたいなものがひろがっていかなければならない。生活とは「生命を活性化する」と書くわけですけれども、逆に消費者の方が本当の意味の「生活者」として歯止めをかけていくと思うんですね。野口さんのネットワークについて、そのあたりはいかがでしょう?

野口
いま、インターネットで12,000人を超える顧客リストができてまして、店くるひともたまにいらっしゃいまして、なんとなくのかんじなんですけど、お客さんの半分近くが、60歳以降の人たちが、昔食べた野菜が忘れられないといって注文してこられる方と、それから30歳以降で子供ができて、自分がつくった安全な野菜を食べされてあげたい。っていう方々が多いですね。

竹村
農業にとってもこれは持続可能であるのか。農業そのものが世界中で壊滅しているような気がするのですが。

野口
実際利益があがらなくてみんな泣いてますよね。規模をおおきくすればするほど利益があがらない。農水省が、大市場に出荷されたものを大根何トンなんて計算してますから。それで結局固有種でつくった野菜は自然食品店やらで売ることしかできないけれど、それでは食っていけない。「僕は箱にあわせた野菜はつくってません、口にあわせた野菜だけをつくってます」なんていう農家さんもいらっしゃいますけどね。

竹村
都合にあわせてつくっているというけれど、人間はそんなものを望んでいるのだろうか?局所合理性。多様なものを選べる世界に生きているようで、ぜんぜんそんなことはないということが解りました。

ニーズは21世紀人にあるのに、情報環境が20世紀のままなんですね。いま、田んぼスケープというものを考えています。

野口
花も雄性不稔化している。ひまわりなんかみんなそう。花粉で衣服が汚れない方がいいってね。家畜の飼料についても雄性不稔化している。彼らは生き物ではなくて食材になってる。そういうものがすべてF1になっている。

一時、ハイブリットライスが世界を支配する、なんて言われましたけどあれが雄性不稔なんですね。このタイプを打っているのは三井物産が「ミツヒカリ」っていうのを売ってるだけで、まだそれほどたいした量ではないんですが、中国ではこれを大量に売っています。いずれあれは問題になってくるでしょうね。一番問題なのは、法律で定めている表示義務に、F1なのか固有種なのかもわからないんですね。

無肥料栽培は固定種でなければ育たない。そういうものを扱っているのは、大地を守る会のとくたろうさんと、ナチュラルハーモニーで取り扱っています。あと、埼玉県ふじみ野市にある自然食品店のサンスマイルと、羽村のスーパー「ふくしまや」でも売っています。

竹村
家庭菜園付きの住宅なんかが売れていますが、これはひとつ野口種苗さんと一緒に住宅開発をしたりとか。丸の内大手町でもビルの屋上ごとに植わっている種が違う。そういう丸の内にしようじゃありませんか。

— 講演ここまで

昔、小学生の頃だったか。どらえもんのどの回だったかは忘れてしまったけれど、未来世界でのび太の孫の孫であるセワシ君が、野菜が嫌いで食べられないっていうことをどらえもんとのび太がタイムマシンで未来に行って、どういうふうに野菜がつくられているのかを調査するという話があったのだけれど22世紀の未来の世界では、野菜はベルトコンベアーを通って、ちょこっと角がとれた程度の四角いにんじんや大根が箱詰めされて出荷していくシーンを見たときに、なんだか不味そうだなとは思ったんだけども。結局セワシ君は20世紀にやってきて、不揃いのかたちのにんじんを食べて感動するんだな。

でもそのとき描かれていた22世紀の未来は、ぜんぜん200年も先の話じゃなくて、今起きていることだったわけで。正直どこまで藤子不二雄が未来を見ていたんだろうと思うのだけれど。藤子不二雄にしても、宮崎駿にしても、手塚治虫チルドレンであるってことは、十把一絡げなわけで。そんな手塚治虫と十年という時間を共にできた野口さんて人を、ちょっと羨ましく思ったり。その期間にインスパイアされたことが、何十年も経って自分自身の家業の中で蘇って、文脈が繋がったりして新たな世界が見えてきているさまをこの話で垣間見た。って感じだろうか。

ともかく一つ解ったことは、あのとき見たどらえもんで流れていたベルトコンベアーの野菜は、カップ麺とかファーストフードを揶揄したとかいう次元の話ではなく、もう一レイヤー上の、素材に対する疑念だったり、局所的な都合によって最適化された考え方そのものに対する問題意識なんじゃないかと思った。