この国に住んでいると、誰でも満6歳になると小学校に入って6年間の時を過ごし、そこから中学校に上がって3年間を過ごす。ここから先は国民の義務ではない、とされているけれど、多くの人が高等学校で3年、大学で学部教育4年を経て、一様に21歳になる手前で就職活動を行って、22歳で新卒社会人として「社会」にデビューするというプロセスがある。そのプロセスを司っている「学校教育」って一体なんなんだろう?

結局僕は、そのプロセスを踏んで、適切なかたちで「社会」にデビューすることはできなかった。(でも、デビューできなくて本当に良かったと、今でも思っている)中学校に入って以降、徐々に学校に足が向かなくなっていたこともあって、受験勉強はまるでせずに高等学校に入った。そして二年目に入った1996年の五月の初めに、校長先生宛に退学届けを提出して、この一連のプロセスから降りることを選んだ。理由はなんとでも言えるけれど、嫌だったからだ。嫌だと思ったことを、ろくに考えもせずその場に自分自身の人格を押し殺して、居続けることは出来なかった。

自分の未来に対する責任。

それからは本当に大変だった。16歳にして始めて「自分自身で生きている」という感覚になれたものの、それと同時に自分の未来に対する責任が生じてくるわけである。退学したのが五月だったので、なにをしようにも翌年の四月までは身動きができないので、午前中はコンビニでアルバイトをしながら過ごしていた。丁度インターネット接続が日本国内で商用化されて二年目で、Biglobeとプロバイダー契約を結んでみたのがきっかけで、余っていた午後の時間はまるまるインターネットに費やされた。ここでやっていたことというのは、、、今思うと他愛のないことなのだが、某有名ロールプレイングゲームの攻略サイトをひたすら作っていた。(これは大変な学習になった。今でもこのときの経験がベースになって、メシを食えているといっても過言ではない)インターネット上の掲示板システム(BBS)を応用して、ゲームソフトの発売日に合わせてサイトを公開するのだが、そこに掲載される情報は、見ず知らずの多くの人から集まってきたものを編集していくプロセスになる。一斉に攻略を始めるので、ヤフーで検索して見つけてきた人達から、攻略方法や隠しアイテム探しなどなどの書き込みが集まってくるのを編集したり、適切な場所へ誘導したり。半年近くそんなことをして過ごしていた。

先生を自分で見つける。

当時はまだ、インターネットにアクセスできた人達が限られていたこともあって、例えば大学の先生だったり、中小企業の社長さんであったり、通産省の官僚だったり(実際、当時の友人はそんな人ばかりだった)新しいもの好きの変な人達が多く集まっていた。(その状況は、2000年のITバブル以降、一変する)そんな人達、当時の僕からしてみたら大人の人たち、と実際に会ってみるようになり、世界が一気に広がっていった。学校をやめて、先生はいないわけだから、とにかく大人から吸収して学ぶしかない。アルバイトで買った始めてのデジカメで撮った自分の写真を、インターネット上の見知らぬ誰かにEメールで送って、送り返してくれたりしているうちに、体当たりで飲み会に行ったり、ひたすらインターネット上で呼ばれた所に顔を出す日々が続いた。(1997年頃の話)そんなご縁の中から、始めての(そして最初で最後の)就職先に出会ったり、現在にまで至るご縁の因果関係が始まるのである。

学習プロセスの本質。

といったように、学習というものは、その時その時の自分の状況に応じて、問題発見から始まる形で、問題解決に向けて、自ら環境を作りながら学んでいくものなんだと思う。のだが、どうやら現在の学校教育制度は、そのような形になっていない。どの大学に行ったらよいか、どの会社で働いたらよいかということについて、悩んでいる学生の話を今でもよく聞くが、自分自身の足で立ってみるという、ごくごく基本が無いのだから、判断できなくても仕方が無い。なんとなく楽しげに聞こえるかもしれないけれど。冒頭に、大変だったと書いたように、ここには書ききれない苦労があった。食うことに困ることが何度もあったし、二十代の中盤までは、学歴コンプレックスに悩まされていた。けれど、この「日本的システム」から降りるという選択は、それを補ってあまりあるほど、僕の人生にとってプラスになった出来事だった。

イヴァン・イリイチの「脱学校の社会」

今年の始め、たまたま「脱学校の社会」という本を教えてもらった。イヴァン・イリイチというユダヤ人が書いた本で、初版を見てみると1977年になっている。論旨としては、僕が16歳のときに学校教育制度というものに違和感を感じたことの理由を、懇切丁寧に答えているような内容で、いかに近代学校教育制度というものが良くないものか、ということについて綴られている。もっと早く読んでいたらとも思ったのだが、結果的に、まるでそこに書いてあることをそのままやってきたような人生になっている。

最近、ふと、自分がはたして親になって、子供が6歳になったときに、公立または私立の小学校に入学させるのだろうか?と考えることがある。1977年にはイリイチが説いたような思想が語られていたのに、実行できたのは1996年である。(これは、インターネットなくしてはできなかった)そこから数えてももうすぐ20年が経つ。未だ文部科学省は何ら変わることなく、学校教育は存在している。しかし、子供も人間である以上なんらかのコミュニティに所属していかなければ、人間同士の生態系に関与することがなくなってしまうので、成長することが難しくなるのは解るのだが、はたして小学校が適切なコミュニティなのかというと、ないなー、と思うのである。じゃあそれに代わるなにかがあるのかというと、それもちょっと思い当たらないので(シュタイナー教育などがあるが、そこに通わせるために住居を移したりしてまでやるのも本質的な解決ではない気がするので)やっぱり自分でつくらなければならないね、ということになる。

主体的な意識を持っている場や人。

日本にもほんとうにわずかながら、主体的な意識を生み出すことが出来ている共同体がある。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの学生達がなぜ主体的に物事を考えられるのかという秘密を探りに行ったり、学生が世界に飛んでいって、良くも悪くも日本システムの枠組みの影響が少ない国際基督教大学に潜入したり、最近では大学改革の最先端の一つなのではないかと思っている東京大学のi.schoolを見に行ったりしている中で、現在の学校教育制度の枠組みの中でも実現している例を見つけることができた。

僕自身は常々、そういう問題意識を持っていたので、22歳のときに、今村久美ちゃんとNPOカタリバをつくったりしたものだけど、最近すっかりご無沙汰になってしまった。学校だとか教育というテーマは、今は、ちょっと後回しにしているけれど、避けては通れない課題だと思っている。