一年っていつから始まるのか?その答えがありそうな、春のお祭りにお邪魔する。年度末仕事などと言って行政の予算消化のイメージが強いけれど、年度という概念を考えた人は冬至の後の真冬の三ヶ月の準備期間を設けて、春分が過ぎて植物が芽吹く太陽暦の4月1日から新年度とした。明治維新の当時は日本の大部分が農村であったということでもあるが、植物の生長を人に置き換えたとしても、やはり一年の始まりを4月からにしたことは、太陽暦の採用によっておかしくなってしまった時間感覚を、首の皮一枚でつなぎ止めているのかもしれない。

ここでは3月25日の春の祭りから一年が始まる。農村における春の祭りは、自然界が芽吹く前、農作業が始まる前に、土地とご先祖様にこれから一年の豊作を祈って行う。村人は全員参加。普段は学校の先生をやっている神主さんが祝詞を読み上げ、40年来の交流がある岩手県岩泉の神楽<中野七頭舞>を舞って奉納し、消防団の警備、駐在さんの交通整理の中、子供達が神輿を担いで、すべての家の前でワッショイとやって村中を回る。東京都心から1時間20分。東京に飲み込まれていく神奈川県の中で、かろうじて首の皮一枚くらいのところで、祭りの原風景を保っている祭りの風景。

冬の間山に籠もっていた神は、二月末の大風<春一番>とともに山から降りてきて、セピア色一色だった山々をコブシやヤマザクラで染めながら降りてきて、五月の田植えの前のこの時期に、この春の祭りという儀式があるのだろう。祝詞を読み上げた後、かみさまを神輿に移してから、家々を順繰りに回って、ワッショイワッショイと家の前で神輿を持ち上げる瞬間にでも、家々でたったいま育てているであろう、苗床の米の粒に乗り移るとでもいうんだろうか。だんだんそういうことが見えるようになってきた。

また里山の一年が始まる。







この地域では100年前に疫病があって、占い師がここの神様は騒々しいものが好きでは無いということで、御神輿を埋めてしまった。40年前に子供会の盛り上がりのために復活。明治以降は春祭りのあとに農村歌舞伎があって、義経千本桜とか当時のお題をやっていたが昭和30年代くらいで終わっていた。テレビが無い時代の娯楽としてはあったが、その後はカラオケ大会だった。今は終わったあと解散。そうなってから既に25年くらい。

今回初めて、岩手の岩泉の神楽である中野七頭舞を春のお祭りの中で奉納することが出来たそうだ。岩泉と交流があって、外の神楽を持ってくることでもやること自体に意味がある。ここにはどの文献を見ても神楽が残っておらず、あったかどうかもわからない。岩泉から太鼓の先達が来てくれて、指導をしてくれている。

岩泉とは40年来のご縁で、震災のときも台風の時も軽トラ一台で駆けつけたという仲。元々、小学校の先生が神楽が好きな人だったということがきっかけだそうだ。




ワッショイワッショイ!子供達は意味も解らずやっているかもしれないが、神が家々の稲に宿る瞬間



アケビの芽吹き。2月のつるとり作業がここに繋がる。
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