水辺の風景というのは、どこへ行っても無条件に引き込まれるもので、北海道・東北地方の場合はハクチョウやマガンなどといった、シベリアとの行き来をする渡り鳥がその水辺の主人公となる。秋になると南下して渡ってきて、冬の間そこに暮らして、また春になると北へ帰っていく。夏の間の繁殖地として渡っていく先はロシアのカムチャツカ半島からアムール川流域までに渡る。

僕が初めて、渡り鳥というものを意識して見たのは、真冬の1月後半頃、東北新幹線の駅から南三陸へ向かうタクシーの中からだった。それも、田んぼの中に降った雪が昼間の日差しで溶けて、小さな沼のようになった田んぼに大量に飛来してきた白鳥がいた。丁度真冬の透き通った空気に、夕焼けが雪と水田のようになった田んぼに反射して、白鳥が天使のようにそこに舞い降りてくる絵が頭の中に焼き付いた。冬の北国には神が居るなあと確信したある一つの瞬間だった。そのタクシーの運転手さんは、近くに伊豆沼というラムサール条約の条約地となっている沼地があることを教えてくれた。

Freezing morning

Swan early morning flight.

Nature of the staff notation.

撮影:hiromi kano
https://www.flickr.com/photos/hirominnovation-photograph/

いつか行こうと思っていた伊豆沼の白鳥の風景を、写真共有サイトFlickrで検索してある一枚の写真に釘付けになった。あの南三陸に向かった日に見た光景とそっくりな風景。撮影された狩野さんにコンタクトをした。狩野さんは宮城県登米市在住、東北の震災の頃に東京からUターンし、写真家兼環境調査をされて暮らしている。6年前、まったくの素人からカメラを始め、今年ナショナルジオグラフィック誌のNature部門で世界2位を獲得された。鳥の写真を撮るコツは、ただひたすらその場所に居ること、あとひたすらの観察。どの鳥がどういう生活をしていて、エサになるものはなにか、どこで寝ているかを把握することから、あの1ショットに繋がる。カメラよりも双眼鏡の方が欠かせないという。

「野鳥の糞や蓮が堆積してきて、水質がどんどん悪化してきている。100年以内にはここは沼じゃなくなってしまうかもしれません」

狩野さんは初対面でそう言った。

伊豆沼と、蕪栗沼(かぶくりぬま・宮城県大崎市)と、仮女沼(けじょぬま・宮城県大崎市)の三つがラムサール条約に登録されている沼で、三つの位置関係から「命のトライアングル」と呼ばれるそうである。その三カ所に、いま、水鳥たちの越冬地が集中して過密状態なのだそうだ。昔は干潟が日本中にあった。1999年に調査され、明治・大正時代から2000年までに湿地が61.1%の減少したことが解った。過密状態が続いてしまうと、鳥インフルエンザのパンデミックが発生しやすくなり、実際去年、毎日ガン・カモ類はなにかしら死んでいたという。本来きちんと分散すべきだが、越冬地が潰されている。

1985年、釧路に続いて日本で二番目にラムサール条約に登録されたが、そのときは地元の農家さんから反対があったそうだ。狩猟が禁止になったり、いろいろと規制が増えることが反対の理由だった。

日本中から干潟が消えている。最初にそれに気がついたのは、琵琶湖周辺を自転車で走っていたときのことで、近江八幡から安土の周辺の農道が、やたらと直線なのだ。それもグリッド状に道が田の字に機械的にひかれている。織田信長の安土城というのは琵琶湖に突き出る岬の突端につくられた城なのに、現在東海道新幹線脇から見えるその場所は、湖岸からだいぶ内陸の小高い丘になっており、500年の間にだいぶ奥の方になったのだなという程度に思っていた。京都の南、宇治周辺の豊臣秀吉の桃山城もまた同様に、昔は大きな沼があったというその場所は現在やはりグリッド状の農地、または住宅地となっている。

大中湖(だいなかのこ)跡地(滋賀県近江八幡市)
https://ja.wikipedia.org/wiki/大中湖

巨椋池(おぐらいけ)跡地(京都府宇治市)
https://ja.wikipedia.org/wiki/巨椋池

次に、気になったのは秋田県の八郎潟周辺で、ここは徹底的に干拓されて、大潟村という村そのものが一つ、沼地の上に誕生した。当時東北地方では福島県の猪苗代湖に次いで大きかったという八郎潟は1964年(昭和39年)、最初の移住者14人から始まって、いまでは北海道と同様の大規模な農地となっている。そこから少し北の青森県十三湖周辺、徐々に南下すること、新潟県の鳥屋野潟、石川県金沢市郊外にある河北潟、などなど、日本海側沿岸平野部は連綿といたるところ干潟の風景があったと想像に難くない。おそらくは昭和のある時期まではそれらが存在していた形跡が残っている。

秋の稲刈り直前の八郎潟周辺(秋田県五城目町の森山展望台から、奥が大潟村、手前は五城目町)
https://ja.wikipedia.org/wiki/八郎潟

東北の震災以降、三陸沿岸部は防潮堤でコンクリート浸けにされてしまったし、沖縄の珊瑚礁も潰そうとしていたりと、水辺を巡る環境はもはや末期的なのかもしれない。声高に自然環境保護を訴えよう、というのも実効性があまり感じられないので興味はない。伊豆沼に来てみて、いろいろ点と点が繋がって見えるようになったけれど、さてはてどうしたものか、というところでもある。