僕が「里山」という言葉を最初に聞いたのは、2005年の愛知万博の頃だった。そこで見たものはなにか違うなあというモヤモヤを抱えながら、あれから干支が一周回って、風通しの良い、居心地の良い場所を探し求めていったら、そこにはやはり里山があった。日本中の森林の4割を占めるスギ・ヒノキのような人工林ではなくて、本格的な登山が必要な山地でもなくて、ただ申し訳程度に自然造作がされているだけの都市公園とも違う。そこに住む人の暮らしというソフトウェアと、潜在的に昔からそこにあった植生というハードウェアがセットになって、程よく手入れがされてきた場所を「里山」と呼ぶのだということを、薄々感じ始めた最近。明確に「地球上での最先端であり、古いことをやりながら、一番新しいことをやっているんだ」と言い切っておられたのが新鮮だった。神奈川県大井町の元小学校の校長先生であり、生物学に詳しい一寸木(ちょっき)先生の的確で流暢な言葉は、どこかに残しておかねばと思い、ここに記録する。この日は地元の小学生向けに、春を迎える前の冬の里山の整備として、炭焼き用のクヌギ・コナラの伐採を子供達に教えるという場だった。



speaker:一寸木 肇氏(おおい自然園園長/大井町役場生涯学習課)
date:2018.02.08

僕たちは太陽の光を浴びただけでは大きくなれないんだけれど、葉っぱは太陽の光を受けて大きくなれる。葉っぱが落ちる木だけれど、今の時期は乾燥して落ちちゃっているので、今は大きくなれない。これはクヌギの木なんだけども、葉っぱが残っちゃう木が多い。この夏生えてきたのが残っている。切り株から芽が出てくる。これがクヌギやコナラの木の特徴です。これを「ひこばえ」と言います。このあたりでは「ほや」と呼ぶ。クヌギやコナラの特徴としてドングリが成る木。栗の木も、栗っていうドングリの親分が成る木ですね。ドングリが成るっていうことは、ドングリから芽を出すことができるんだよね。ドングリを食べてる動物もいるし、ドングリを食べてる鳥もいる。カケスなんていうのはドングリを集めて冬に食べる。ドングリムシっていうのもいるし、リスもいる。ドングリに頼っている生き物もたくさんいる。人間は、葉っぱの部分を肥料にして生活をしてきました。

(加筆:20年から30年の間に一度、クヌギやコナラを切ることが里山のサイクル。繰り返しひこばえを大きくして刈り取る)

私たちはいま便利な生活をしちゃっているから、そういうものをつかわなくなっちゃっているけれど。でも、この間このあたりでは停電がありましたね。それから東京で雪が降ったら、みーんな家に帰れなくて困りました。雪国の人から見たらあのぐらいのことでだらしねぇな、ってきっと思ってた。なんて都会って普段は便利な生活をしているけども、ちょっとなんかあったら一番不便な生活をしなければならないのが都会なんです。コンビニのトラックがストップしちゃったらなにも売るものがなくなってしまう。でも、雪国や山里に住んでいる人達は秋のうちから準備をして、燃やすものは、冬食べるものは、と用意をしておきました。漬物をつくったり、お餅をついたり、冬の間過ごすことができる。そういう生活を何百年もやってきたのに、この百年も経たないうちに私たちは石油とか、プロパンガスとか、電気とか。そういうものを手に入れた為に、一回それがストップしちゃうと、もうそれでアウト。どうしましょう。


こういう生活がこれからずっとみんな続きます。私たちは(60代以上)その前の生活を知っているから、多少電気が止まっても、なにかがストップしても生き残れるの。自信あるぜ。でも残念ながら君たちはそういう自信は無いと思う。ああ、どうしようスマホつかえなくなっちゃったどうしよう、コンビニあいてないどうしよう。みーんなスイッチがプチッて切れちゃったら生活できなくなっちゃうねえ。昔ながらの生活を教えてもらって身につけるのは、すごく大事だと思っています。

私たちは生活の中で大事なことが2つあると思っています。1つはうまく火を使えること。もう1つはうまく刃物をつかえること。火と刃物をうまく使えたら、僕たちは生き残ることができます。でも、ヘタに使うと人を殺すこともできるし、家を焼いちゃうこともできるよね。火と刃物っていうのは、使い方次第ですごーく便利にも使えるけれど、すごーく困ったことにもなっちゃう。君たちが生き残るために大事なことを、里山体験で二つ教わります。正しく使う方法を教わることができる。二千円は安いぜ。はっはっは!。と私は思っていますけども。

ここに来たら、自然のことも教わるけども、私たちがどうやって生活していたか、これからどうやって暮らしていったらいいかっていうことも知っておくといいかなと思っています。

いまから言うのはオマケの話です。

クヌギやコナラの森のことを「雑木林」って呼ぶんだけども、そこに「ソロ」っていう木が生えてます。図鑑を見ると「イヌシデ」って書いてある。でも、足柄上郡や小田原の人達はみーんなソロって言います。図鑑の名前だけがすべてじゃないんです。その地域で生活している人達の方がみーんな知ってる。両方知ってたら一番いいですね。もっと奥に行くと、このあたりで一番大きな木があります。このあたりではシイノキって言ってるけれど、図鑑をひくとスダジイって書いてある。元々は、このスダジイが広がる林だったんだけれど、スダジイだと切ったらおしまいなので、クヌギやコナラだと切っても切っても何回か生えてきて燃料に使えるので、そういう生活をしたいなということで、クヌギやコナラを持ってきて植えて、雑木林をつくりました。昔の人は、昔から生えている大事な木だから、スダジイは切らないでとっておこうと思いました。そういう所にお宮やお寺をつくりました。了義寺の裏もこういう木が残っています。


(このアングルは是非Google mapsで見るべし。最近は里山でも3Dで見られる。多分PCのみ)

山神さまが奉ってあるところがあって、その木はアラカシっていいます。アラカシは崖崩れが起きそうな斜面に一番最初に出てくる木なんです。崖崩れだ困ったな、早くコンクリートで固めなきゃ、って僕らは今思うんだけども。昔はこういう木が崖に生えてくるから、そこで防げた。これが大井町の大きな特徴です。面白いことに平地に行くとアラカシが生えてるところがある。そこは埋め立てたからまるで平たいところなんだけども、アラカシが生えてるとあそこ元々、谷だったなってのが解ります。

ヒサカキ。これもたくさん生えています。林ってのは高い木も低い木もあります。「高木」。ちょっと低いのを「亜高木」。1m〜3mくらいの低い木を「低木」っていいます。その低木のヒサカキはもうちょっとすると花が咲いて、即席ラーメンのニオイがします。もっと近寄るとトイレのニオイがする。でもトイレっつてもですね、みんなの知らないボットントイレのニオイです。みんなは水洗トイレしか知らないな。それもウォッシュレットになって余計にわからないだろうな。

アオキ。青木さんていう苗字もあるよね。真鶴は青木さんていう苗字が多い。昔、源頼朝って人が戦に負けて逃げるときにかくまってくれた人達がいる。どうやってかくまったかっていうと青木を、隠れている洞窟の前にたくさん積み上げて姿を隠した。その後、鎌倉幕府ってのをつくったときに、助けてくれた人達に、青木っていう苗字を名乗っていいぞ、って苗字をあげるんです。源頼朝のガードマンだった人達を「御守」(おんもり)ってつけた。食べものの差し入れをしてくれた人を「御味」(ごみ)さん。美味しいものをくれたから。

イヌガヤ。カヤノキっていって碁盤をつくる木があるんだけれど、葉っぱはそれと似ているんだけれど、そんなに大きな木になりません。役に立たない木にイヌって名前をつけたんです。かわいそうだねえ。でも、イヌガヤの実は京都ではずいぶん重宝します。イヌガヤの実を搾って「へいべいあぶら」とか「べべあぶら」とか言うんだけれど、灯明、昔のランプにしました。京都は寒いもんで、普通のランプの油では寒くて固まってつかなくなっちゃう。ところがイヌガヤの油だけは、寒い京都でも固まらなくて火がついたので、京都の人達は大変大事にした木。

ツル植物。林の周りに出てくるんだけれど、林ってそのまんまだと風通しが良すぎちゃう。風が通っちゃって中の温度が変わっちゃうんですね。なので、林って自分達の林を守るために、小さな木を生やしたり、ツル植物が林全体に壁をつくっちゃう。で、難しい言葉でこれを「マント群落」って言う。マントってのは、昔の人が寒くならないように自分の体を覆ったものをマントって言うんだけれど、それに似てるからマント群落。このツルはヤマイモなんだけれど、ヤマイモを掘る人達は林に入ってこないで、道の境のあたりを掘ります。林の端っこの方にヤマイモが出ることが多いから。林の話と人の生活ってこういうところで繋がってくるよね。私たちは、人に食べられないように、折っておいてシルシつけておこうとかね。


マント群落での冬場のツル採り作業
http://shiinoki.site/tsuru_sumi/

(加筆:そもそもツルというのは生態学的には森全体を守るための防御システムだと言われている。だけれど、農家からみるとツルは邪魔だったり、大きな木をしめつけてしまうから、刈り取ったり管理する)

毎年毎年、里山や林から私たちの生活に役立つような仕組みをうまーくうまーくつくります。実はそのことを最近は「SD」って言います。世界中で言っています。かっこいいでしょ。「Sustainable Development(サスティナブルデベロップメント)」って。かっこいいねー。今年の夏ね、ピコ太郎が国連に行って踊ったの知ってる?

ピコ太郎が国連版「PPAP」で担った重要な役割
http://toyokeizai.net/articles/-/181538

そのピコ太郎と一緒に岸田さんていう外務大臣が国連に行って二人で踊ったんですよ。どういう踊りか私よく知らないんですけど(笑) 「SDGs」(エスディージーズ)って言葉が最近あるんですけど、英語で言うとSustainable Development Goalsっていいます。どういうことかっていうと、日本は2004年に提案して、これから世界中はみんなが平和になるにはみんながごはん食べられなきゃいけない。そうすれば争いはなくなるよね。それを難しい言葉で「持続的な開発のための可能な生活」という風に言うんだけれども。それをやっていこうっていうことで、愛知万博をきっかけに国連に提案をしてそれが通りました。10年間やっていこうっていうことだったんだけれど、10年があっという間に終わっちゃいました。じゃあその次の10年間どうしようかって日本がまた目標をつくったのが「SDGs」。ユネスコがバックアップして日本がこれをやっていこうっていう宣伝にピコ太郎と岸田外務大臣が国連で踊ってきたんです。あんまり学校じゃこんなこと教えてくれないんだけれど、ほとんど日本人このことを知りません。日本が提案しているのに日本人は誰も知りません(笑)国がちゃんとアピールしないのがいけないんだと私思っていますけども。

で、実は、この最先端の話がどこにあるか?っていうと、この里山にあります!

毎年毎年生活ができるような仕組みを、私たちは里山でつくってきました。燃料をどうするの?食べるものどうするの?田んぼや畑の肥料はどうするの?っていうことを、ぜーーーーーんぶ、ここでまかなってきた。今から二百年も三百年も前から、ずーーーっと、里山ではやってきたんです。昔からずっとやってることなんですけど、地球の上では最先端のことを私たちはやっていてみなさんに繋げていこう伝えていこうと思っています。古いことをやりながら、一番新しいことをやっているんだということを、今日みんなは覚えていってください。はい、おしまいです。



ちょっき先生、ただの地元の校長先生ではないな、と、思ったら、学生時代、横浜国立大学で植物生態学者の宮脇昭先生のご指導を受けていたとのこと。


一寸木 肇さん タウンニュース足柄版
https://www.townnews.co.jp/0608/2014/05/10/235839.html

鎮守の森 宮脇昭 著
https://www.amazon.co.jp/鎮守の森-新潮文庫-宮脇-昭/dp/4101317518