英国人が発明した最も大きなものの一つは『蒸気機関』だろう。ここ、クロムフォードのSIR RICHARD ARKWRIGHT & CO.(1769年創業、現在は博物館)にて、はじめて蒸気機関当時の機械が実働している動きを見る。(当時の機械をつかっての再現なので、現在の動力源は別物だと思われる)ここの場合、産業革命初期の綿産業の工場なので、主に紡績機械である。ガッチャンガッチャンガッチャンガッチャン・・・・・、いまこの時代から見ると、ひとつひとつの機械の動きがやたらと大げさのようみ見え、動き一つ一つがゼンマイ仕掛けで繋がり、部品一つ一つが巨大で、いかめしい。あぁ、まさに機械という感じ。











この機械、よくみるとパンチコードのシートによって動きがプログラムされており、繊維をコントロールする線ひとつひとつの動きを見ていると、いままさに我々が日々使っているコンピュータの原型そのものではないか!16世紀英国の繊維産業は、産業革命の原動力として最も重要だったものの一つと言われているが、21世紀情報産業の原点もここにあった。点と点がここで繋がる。


原材料として綿花を糸に加工し、織り加工機械で綿の布になるのだが、この綿は一体どこから来るのだろうか?そこら中見回してもただただ羊羊羊・・・。周辺で調達できそうなものはむしろ羊の毛しかない地域なのだが、wikipediaで調べて愕然とする。綿花は、インドからやってきたのだ。綿花は温暖な地域でしか育たない。そう、産業革命というのは英国のインド支配が前提で設計されたシステムのようだ。原材料はすべて植民地に作らせ輸入し、現地での綿の加工製造方法を禁じた上で、二次産業部分をすべて英国国内の紡績工場で製造する。安く買いたたかれたインドの人々は屍をさらし、さらに英国国内の紡績工場で安く働かせられた子供やブルーワーカーから資本家が労働力を搾取するシステム。ここまで来ると教科書でも読んだような話で、ようやく目の前のリアリティと知識が結びつく。




英国、特にグレートブリテン島中央部の人々は、ある時点で一次産業という考え方を捨て去ったらしい。どこまでも続く芝生の平野が続いて、一見牧歌的でうらやましい風景のように見えるけれど、確かに道すがら大農場もビニールハウスも見ないし、平地にはひたすら羊羊羊・・・。裏を返せば土地が痩せている上に、15世紀製鉄の発展のプロセスで森林は破壊され、羊の餌くらいしか育たない上に、気候もヨーロッパではだいぶ寒い部類に入る。昨今、日本の田舎で叫ばれている、1+2+3=6次産業、などというような発想はなかなか出てこなさそうである。それでは英国の海の一次産業はどうだろうか?おそらく想像だが、海沿いはことごとく造船・海軍という方向で考えると、更に植民地支配、大英帝国という形がまざまざと浮かび上がってくる。

ちなみに英国単体での食料自給率はだいたい30%だそうである。スーパーで売っている野菜は近いところから順にフランス、スペイン、イタリア産が中心(日照時間が多い大陸地域のものが中心)。EUに加盟したことで現在数値上は70%代ということになっているようだが、この先どうなることやら。