デザインの窓 第4回 隈研吾編
speaker:竹村真一氏×隈研吾氏
date & place:2006年10月5日
大手町カフェにて

※ 当記事は筆者が現場で速記した記録であり、聞き間違え等も含めて事実と異なっている場合があります



亀老山展望台 / 愛媛県越智郡吉海町 / 1994.03 / 展望台


1993年ですね、丁度バブルが弾けて初めての公共建築。瀬戸内海の大島って島の上に展望台を作るって時に、町のモニュメントの塔を建ててくれって言われて、でも僕は構造物はカットしちゃおうと思ってた。修復した中に埋め込まれている。山そのものを作り直したっていう。今治の先の大島って島ですね。四国側からの橋が出来たので人が来るから公園を作ろうとしたんだけど、町長さんは目立つものを作りたかったらしいんだけど、僕は見えないものを提案しちゃったんですね。


北上川運河交流館 水の洞窟 / 宮城県宮城郡松島町幡谷 / 1999.06 / 資料館、運河浄化施設

北上運河。オランダの技師がつくった運河なんだけども、ミュージアムを作るという話。コンクリート護岸がもともとなかったから、これだけの幅で自然護岸が付いてる川ってとても迫力がありますね。建築自身は一種の額縁みたいなものだと思っていて、額縁になって向こうの景色がよく見えればそれが一番いいんじゃないかって。日本建築みたいですね。でも日本建築はみんな似てるようになってしまう。行くと全部違うじゃないですか。図面にするとほとんどどれも同じようになってしまう。図面て概念は西洋的な建築をたてるのにすごく重要な概念ですけど日本建築にはあてはまらないですね。

竹村
日本の場合、このポジションでみると丁度月を愛でることができるというような、コンテキストの発想ですね。


ジェームズ・タレルみたいな発想もあれは日本的なところから始まったものですよね。あれなんかフレームの一番極地までつきつめるとああなってくるんじゃないですかね。オブジェとしての建築ではなくて、穴としての建築なんですね。穴をつきつめるとタレルの作品みたくなってくる。さっきの展望台のプロジェクトと北上川のプロジェクトと、ああ、これって結局穴をやりたかったんだって最後に気がついたって感じがありますね。

竹村
写真なんかも必ず人が入ってるんですね。


写真家にまかせちゃうと人がでてこないんだけど、僕はなるべく人撮って、って言ってるんだけど。建築家って人のないものをつくる仕事だと思われてるんで。。。コンピュータゲームで運河ゲームってのつくったんですよ。子供達パネルなんて読まないからね。これはね石巻。北上川とか最上川とかって、いいですねぇ。

ブルーノ・タウトが最初につくった建築が、日向邸っていって熱海にあります。このタウトの住宅は熱海の海に面していてですね、日本美はかたちの美ではなくて、コンテクストであると、関係性であると言ったんですね。


水 ガラス / 静岡県熱海市 / 1995.03 / ゲストハウス

で、この家、崖のなかに埋もれるようにしてあるんで、外観はほとんど無いんですね。上のレベルと下のレベルで海がまったく違うように感じられるんですね。そういうコンテクストデザインをやってて。

竹村
建築の昔の設定プロセスって、お金持ちであったりが、このポジションで酒をのみたいとかって大工さんに言ったりしてつくったんですかね?


その辺の日本の設計法っていうのは、かたちから入るんじゃなくて、床の間があってお客さんまずどう座るべきか。体験、人間の行動のシークエンスに基づいてつくっていくわけです。西洋の建築っていうのは基本的に大きな構成ってのはルールがあって、軸があって、建築の中に内在する論理によってつくっていく。いわゆる神の視点に立ってつくっていく。20世紀のモダニズムの中にもそれは残っている。

竹村
日本の建築ってのは部屋のアイデンティティが決まってないですよね。布団敷けば寝室ですし。山形の庄内平野に黒川村ってのがあって、自分で能を舞う。それ「当屋」っていって、一番最年長のおじいさんの家が能舞台になるんです。どの家もふすまをとっぱらえば能舞台になるんです。ふすま次第で客間になったりする、人間のアクティビティによって空間がその場その場がデザインされる。そういう発想が、どうやっても西洋建築には出てこないですね。


西洋建築の発想ってのは、人間の前に建築ってのが、アプリオリが存在していて、中心的な空間が存在している。日本の空間てのはフラットであるとことが中心になったり、とても未来的な感覚がする。エコロジカルというか。最近は日本建築に対する関心はものすごく大きいですね。全体のOSとして日本をみたときにおもしろいと海外のひとは思ってくれてるんでしょうね。実はこれ、さきほどのブルーノ・タウトが建てた家の隣にあるんですよ。それでタウトを勉強しはじめたのですが。


森舞台 宮城県登米町伝統芸能伝承館 / 宮城県登米郡登米町寺池上町 / 1996.05 / 能舞台

今の能舞台って大きなコンクリートの建築の中に能舞台を作ってるんですよ。これは寂しいなと思ったんで、東北の登米町っていう所につくった能舞台で黒い砂利をひいてる。後ろに森がなかなか深い陰だったんで、能の専門家に聞いたら、黒い砂利ひいていいか?って聞いたら、能はどんどん変わってるからいいんじゃないかって。

竹村
井筒っていって、井戸をのぞき込む。井戸を数メーターほっていけば事実上室町時代、江戸時代ってなってるんですが、違う時間がそこにマルチレイヤーとして重なっている。すごいシステムを500年かけてつくってるなーと思うのですが、それってすごいリソースだと思うんですが、それが伝統芸能の能っていうとこでおさめられていて、広がってないのがすごいもったいないなって思うんです。


それでこれはね、千住博が書いてくれた松の絵で、千住がもともと松はそこに生えていたわけで、切ってもいいはずだってうんで上を切って書いた。

竹村
元々松は宇宙にまで伸びていたんでいいと思うんですが、今はオブジェになっている。


高柳町陽の楽家 / 新潟県刈羽郡高柳町 / 2000.04 / 集会施設


次は高柳って新潟なんですが、小林さんていう和紙の、日本酒の久保田でも、あるグレードから上のラベルは彼が手透きでつくっているんですが、せっかくだったら全部和紙でつくろうと。あとランドスケープも庭を全部水田にしてもらって、水田の中に建物が浮いているって構造にしたかったんですね。床と柱にぜんぶ和紙が塗ってあるんです。コンニャクぬれば持つよって。昔風船爆弾っていって、太平洋戦争のときに本当にあったんですが、これが偏西風に乗ってアメリカ大陸までいくっていう、これが本当にいくつか届いたらしいんですよ。紙が太平洋を横断できて、これがもたないってことはないだろうと。


石の美術館 / 栃木県那須郡那須町 / 2000.07 / 美術館

芦野石って言って、栃木の那須の石なんですけど、イサム・ノグチがこれ大好きなんですね。塀みたいな建築をつくってやろうって。日本人なんだから石をつくってやろうと。石っていうと普通、建築にはこの石をつかわなくて、日本の庭にはよくつかっているんですね、苔が早く生えるので。でも普通の建築の常識から考えたらこけが生えたらまずいから使わないんだけど。庭石としては関東の辺まで出てきてたんですね。石を隙間空けて作っていくと光とか風が入ってくるんですよね。模型で一枚一枚どんなふうに積み立てていけるかってね。職人さんてね、あるときからこんなめんどくさいこと、って顔するんですが、コツを覚えると、これは面白れえ面白れえって、職人さんて難しさを楽しむことができる才能があるんですね。

竹村
楽しむ余裕を無くしてきたのが近代建築ですね。


これは大理石を薄く切って、これは6ミリ。時間によって夕日が差してきたときに、さーーーっと光がはいってくる。贅沢ですね。


馬頭町広重美術館 / 栃木県那須郡馬頭町 / 2000.07 / 美術館

広重の美術館。パースペクティブではない日本的な三次元表現てのがあるんじゃないかって思ってて、ゴッホがコピーするとレイヤーになってない(笑)ゴッホのだとパースが透視図になってしまってるんですね。この建物を抜けると神社があってそのための参道というか。この建物自身はすごく低いし、小さい感じがして。全部レイヤーが重なっているって感じ。人間の皮膚みたいにジャケットがあって、シャツがあってそれを脱ぐとはだかになって、っていうふうにつくれないかなと思ったんです。縦の線はね、、、モダニズムは基本的に横線なんですよ。縦っていうと最初はけっこう勇気がいる。コルビジェなんて横連想するじゃないですか。西洋は横思考があるんですね。西洋のクラシックな建築は、ゴシックとかは縦線があるんだけど、それに対するアンチとしてモダニズムは横線でやってるんですね。

竹村
フラット化、フラット革命って西洋がずっとやってきたことですよね。キリスト教の神の元にみな平等であるとか自由平等博愛だとか。モダニストは縦線を使うことに恐怖を感じるんですかね?


それは絶対あると思う(笑)最近だいぶ自由になってきてて、フランスの建築とかには縦線てあるけどね。


Great (Bamboo) Wall / 中国、北京 / 2002.04 / villa

これは竹を使って、竹の面白い所は、清潔な直線性をもっているから、自然との両面性を持っている。これは竹の中に節をぬいてコンクリートを流し込んだんですね。大工に相談したら特別なドリルつくって全部上から節を切っちゃった。鉄を型枠にしてコンクリート流し込んでっての貼るんで、竹を型枠にしてもできるかなって思ったんです。京都の安井工務店ていうとこのおじいちゃんが、世界竹学会ってのをやっててそのおじいちゃんと盛り上がってるうちにこうなったんです。いろんな竹があるんですよ。節とかなくて、完全に中まで竹なんです。あれみたときはぞっとした。

万里の長城の仕事を頼まれたことがあって、万里の長城の脇にグレートコミューンて建築をつくろうとしていて、僕は竹でやりますよと。最初ダメだって言われるかと思ったけど乗ってくれて。中国はビジネスの中心にいある人がみんな若い。これはね、うちの担当したのがインドネシアのやつで、インドネシアも竹があるんで興味があるっていうんで、現場で常駐したいっていうんですよ。竹は難しいから常駐したいって。大工と一緒に竹のディテールをつくっていった。中国は竹を使わないんですよ。足場にだけ使う。本設の建築に竹を使わないんですね。竹はね、値段的な話でいうとほとんどタダに近い。日本でいうと油抜きっていうことをやるんですね。日本だと油抜くんですが、直火にかけてやる方が手間がかかって日本の大工はいやがるんですが、煮沸したほうがなんとなく柔らかくなる。見た目はほとんど黄色なんだけど、その辺の処理の技術はさっきの安井さんから聞きだして、僕が伝えたの。

竹村
桂離宮なんかは生きた竹がそのまんま塀になっているようなとこもありますし。京都なんかは竹をつかったとこがたくさんあるわけですけど、パーマネントな、持久力のある竹の使い方は建築にはあるんですかね?


内装だったら、ほとんどパーマネントに使えるんですけど、外装に使っても10年は持つんじゃないですかね。よくよく見るとガラスがかぶっているんで直接水がかからないのですが、水が入っちゃうと数ヶ月で真っ白になっちゃう。床はね、故宮の床の煉瓦、あの真っ黒な故宮の亙のイメージがあった。某、吉永小百合さん。ここは観月台なんです。


安養寺木造阿弥陀如来坐像収蔵施設 / 山口県豊浦郡豊浦町 / 2002.10 / 寺院

山口県の下関に土塀があって。土塀ってのは石とか亙をいれて芯にするんだけど、これは泥団子なんですね。そのやり方をもう一回やろうと思って。

竹村
久住有生さんていう左官さんがいて、イタリアで、大理石を大理石以上に大理石にみえる左官をやったんですね。


究極の地産地消が敷地の土だと思って。薄いプレートがはさまっていて、地震がきても大丈夫なんです。見えないところに新しい技術を使っている。


ONE 表参道 / 東京都港区北青山 / 2003.09 / オフィス、物販店舗、住宅

表参道の木のやつ。これ建築家準法で通らないから、外壁に全部スプリンクラーがついていて、火事の時も燃えないって言って通したんです。

竹村
今の建築家って、こういうふうに素材と戦う建築家っていないじゃないですか。


それを教えるとこが無いね。所長さんがいて、所長さんの下に若いのがいて、要するに鹿島建設課長さんみたいな人としか話ができないんですね。それが地方に行くと直接大工さんと話せるんですよ。東京の場合は、検討しましたができませんでしたって言われちゃうんだよねぇ。スケジュールがあればとかみんなうまく言うんだよね。どうにかしてみんな建築家の先生のわがままをなだめすかすかって。小さな現場でもね、さっきの石の美術館とかでもね、四年かけてるんですよ。あれ民間の美術館だから、めんどくさい積み方してたら四年かかったんだけど。それを辛抱強く待ってくれたとか。工事だけで四年だから、足かけ六年。職人さんとなにか新しいことをやろうとしたらそのくらいかかりますよね。



LVMH 大阪 / 大阪府大阪市福島区福島 / 2004.11 / オフィス、店舗

ルイ・ヴィトンのビルの中でこれは和紙みたいなものなんだけど、和紙の中にガラス繊維を入れたようなもんなんだね。四ミリの石をガラスに挟んでいる。透過性の高い石を探していったら、パキスタンのグリーンオニキスって石なんだけど。これをイタリアで薄く切って外壁にしている。石をガラスで挟むという技法はそんなにない。ルーズな接着剤があるらしくて、石とガラスが割れないような接着剤をつかっている。ドイツのアイヘンの工場で接着していて、岐阜でアルミの加工をして、大阪の現場にもってきて。世界中を旅してきたんです。チャレンジしていると工期があるからね、ルイヴィトンだと12月商戦に間に合わなきゃいけないとかあるからね。これは時間との戦いでした。イタリアの石屋ってマフィアみたいなもんなんですよ。見本を全部見せてくれないんですね。見せろっていったらもっと綺麗な石もってるとこあったわけ。


長崎県美術館 / 長崎県長崎市常盤・出島地区 / 2005.03 / 美術館

長崎の美術館で、石を格子みたいにつかうというこれはまた難しくてですね、石を薄く見せるために、石をそのまま見せてるんですね。後ろに鉄板を自立してたたせていて、ちょっと見える黒いのが鉄板なんですが、そうすると石の三センチの厚みがそのまま見えてくるので、三センチ。

竹村
隈さんの建築のデザインのかっこいいな、ってことはみんな思ってると思うんだけども、素材と語ってね、自分の言語をもってきた。実はそうして見つけてきたヒトにとって未来に一番繋がるリソースになるんじゃないかって。ものすごいリソースが、こんなこともできるかもしれない。あんなこともできるかもしれないって。


石の厚さをそのまま見せるみたいなのつくりたいって、最初は言ってるんですけど。自分できないと思っていたことが、いろんなヒトとはなしていてできるように見えてきたときが一番楽しいですね。


ちょっ蔵広場 / 栃木県塩谷郡高根沢町 / 2006.03 / 集会場、展示場

次のは、明治村にあるフランク・ロイド・ライトの帝国ホテルなんですが、大谷石がすごい気になってたんですね。ライトがつかったんで注目されましたがそれまでは誰もつかわなかったんですね。日本の石を全部並べてくれって集めさせたんですよ。大谷石ってのはやわらかくてボロボロ崩れるし、ダメな素材なんですよ。宇都宮あたりで塀とか壁につかってた程度なんですね。それで、これだ!と思ったんです。それで鉄と大谷石を組み合わせて構造材につかった建築なんです。デザインとしてはすけすけの感じ。菱形上に編んでいくってのは構造上非常に合理的な編み方なんですが、鉄板を編んでいってそれに石をのせるってのはどうですかって言われて、飛びついた。石屋さんもよくこれついていってくれたと思うんだけど、ナナメの部分に石を加工するのって大変だったと思うんですよ。日本て丁寧につくって伝統はまだ残ってると思うんですよ。この石屋さんは二代目ででも中心になってたのは若いのですよ。

妹島さんなんかだとガラスでいけいけどんどんですけどね、レンジが広い方が日本では可能性があると思う。


ペーパースネーク / 安養市、韓国 / 2005.10 / 休憩所
紙のハニカム。厚さ四センチの紙ではさんである。手間はめちゃめちゃかかるけど、材料費は安い。原美術館でやった形状記憶合金ですね。形状記憶合金て、地震がきて壊れたものをまた熱を加えると元にもどるって研究をしてる人がいるんですけど。2mmの形状記憶合金をこれ温度で変わるってことですけど、わっかにしててぐすで全部結んでるんですよ。中の発泡スチロールがないとつくれないんですが。


Z58 / 中国、上海 / 2006.07 / オフィス、ショールーム

ツタのルーパー。孫文の息子、孫ファミリーの家なんですが。上海の中に水と緑に溢れたオアシスを作りたかった。通りと建物の間に、蔦とステンレスボックスで作ったフィルターがある。

僕ら鹿島建設だとか竹中工務店だとか、建築の世界でのほんとに薄いとこでしかつきあってないから、ほんとに薄いんですね。

Q.
目的を決めないで日本の建築をつくるというのがありましたが、実際つくってみたらつかったひとがそれにインスパイアされて使い方が変わってくるってことがあるかどうか。

A.
つくった後で、ああ、こんな使い方もするのかってことを思ったりするんですね。感情移入。自分がそこに入れるかどうかってことなんですね。模型をつくるってのはそういう意味ですごい良くて、自分の世界を代入できるようになるんですね。スケッチの中では難しい。三次元でハコをつくるとね。紙に書いてるとね、紙はなぜかたちあがってこないんだよね。一応三次元だと体にはいってくる。打ち合わせするときに平面図だけだと観念論になっちゃって。僕ね驚いたんだけど、大きな設計事務所であればあるほど模型をつくらないんだよね。怖くて怖くて。三次元の模型があるときの身体が入り込める感じって独特だから。一番最後に設計が終わったときにクライアントに説明するためだけに模型つくったりして、模型屋に頼んだりするんだけど、そこに模型があってももう意味が無いんだよね。

竹村
フィジカルがあることは担保であり安全保障であるなと思う。バーチャルなお金が数字として存在するともう無制限じゃないですか。思考にある種のバネを与えてくれるというか、思考のバランスを崩さない担保になると思う。

Q.話の中にいくつか事例としてミュージアムというのがでてきたと思うのですが、収集と展示。ミュージアム側とオーディエンス側で、相反する使命をもってるんじゃないかと思うんですね。展示ばかりしていくと触れなくなっていく。そうした相反する目的使命を持った建築を設計されるときにどのようなことをお考えでしょうか。

A.今のキュレーターはそういうったことばかりじゃなくてね。どのような体験をするかということに興味を持ってるひとが増えてると思うなぁ。


日本て問題に対してやっと冷静に語れるようになったと思うんですよ。磯崎さんとか、日本に毒されるみたいな意識があって、西洋のモダニズムの石の幾何学の抽象性を、日本てのは毒するみたいなのがあった。それかもしくは数寄屋のプロみたいな人がいたんだけど、そのどっちかだったんですね。僕らになってようやくそういうことができるようになって、それを世界に向けて発信するとリアクションがあると思うんですね。この手のやつは文章の中で書くとすごく質問がくる。これはすごくおもしろかったから日本建築のことをもう少しかいてくれとか。

竹村
オリジナリティ。オリジンにふれてることっていうことですよね。いろんな文化遺伝子を背負っていきている。オリジンに触れて生きている。それを実践してる人って少ないですよね。すごい幸運な可能性に開かれた希有の建築家だなと思います。



隈研吾建築都市設計事務所
http://kkaa.co.jp/